浮浪者と乞食と蝿と赤い血≪九月十五日≫ -壱-蚊が頭の上を飛んでいる。 眠っているのだが・・・・・・、聞こえてくる。 起こされてしまった。 まだ午前3:30。 とうとう、ベッドを出る。 午前4:30。 ロウソクに火をつけた。 昨日の事柄をメモしようと言うのだ。 ロウソクも消え、日本から持ってきた懐中電灯を灯しながら、書き上げたのが午 前6:00近く。 曇り空だが、外は次第と明るさを増してきた。 昨日、俺より遅くこの宿に転がり込んできた、フランスのバカ共(5~6人)が、早朝4時頃から人の迷惑顧ず、奇声を発するのだから参ってしまった。 明るくなり、昨日の夜どういうところを馬車で通って来たのかが分る。 暗闇は旅人を不安にし、日の出は旅人の不安をかき消してくれる。 * 朝食はツーリスト・ロッジにて、トーストとボイルド・エッグ、それにブラックコーヒーを胃の中に流し込む。 昨日乗せて貰った、馬車のじいさんが早速俺の宿にやって来て、俺が顔を出すのを待っているらしい。 チップをはずんだので、味をしめたのかも知れない。 食事を済ませて、じいさんが待つ馬車に乗り込んだ。 俺 「じいさん、銀行へ行ってくれや!」 じいさん「OK!」 馬車が動き出す。 じいさん「ラクソール・バンクは10:30にならないと開かないから、ネパール・バンクへ行くよ。」 俺はてっきり、ラクソールの街にネパール銀行があるものと、この時はそう思っていた。 昨日真っ暗い夜通って来た道を馬車はゆっくりと走る。 走ると言うより、歩く。 昨日と違って、何の不安もない。 何もない田舎道を馬車は歩く。 ネパールとの国境に向かっているらしい。 じいさんが国境の警備兵に向かって手を上げる。 手を振るだけで、馬車はそのまま国境へと進んで行く。 昨日俺は手続きをして国境を越えてきたはずなのに、今は馬車で手続きもしないで国境を再び越えようとしているのだ。 この馬車は自由に国境を行ったり来たり出来るのだ。 なんとも愉快な事ではないか。 我々日本人にとっては、島国育ちのせいか、この陸上での国境越えがなんとも不可解で仕様がないのは仕方ないことなんだろう。 同じ土の上、小さな橋を一つ渡れば違う国にいける。 一歩先がネパールで、今足を上げようとしている大地がインドなのである。 そんな違和感は我々だけで、両国の人たちにとっては、国は違えども同じ街に住む、同じ人間なのだ。 馬車が国境を少し越えて停まった。 建物の壁には、”Maney Change House”と書かれている。 要するにここが、”Nepal Bank”だ。 さすがに日本人は見当たらない。 毛唐が少し居るだけ。 M・C・HouseでUS$30の現金をインド・ルピーに交換した。 US$30≒264ルピー(8976円) マネーチェンジを済ませて、また馬車に乗り込み、インドへ向かう。 小雨が降ってきた。 さほど気になる雨ではない。 俺 「じいさん、ラクソールの駅に行ってよ。」 じいさん「駅だな。」 駅は宿からすぐの所だった。 このラクソール駅は、インド国鉄・東北の始発駅であり、終着駅でもある。 河口慧海はこの町から、歩いてネパールへ向かったのである。 慧海に比べれば、俺の旅なんて赤児の旅でしかない。 汽車の本数が少ないのか、辺りは静かなもんだ。 列車に乗る人たちより、浮浪者で駅の構内は溢れている。 俺が近づくと、黒い肌の白い目がギョロリと・・・・・、射すように俺を見る。 なんとも気持ちの良いものではない。 そして、彼らの廻りを蝿が飛び回っている。 その蝿の数が半端じゃあない。 彼らが座っている地面を見て、またビックリ。 なんと、蝿が地面にいて、蝿で真っ黒になっているではないか。 人が近づいても、ハエは逃げないのだ。 蝿が顔にとまって、顔の周りを歩き回ろうと、誰も手で払いのけようとしないのには、また驚きだ。 黒々とした蝿の下を見ると、何やら赤いものが見えてきた。 血のようだ。 あちこちで血のような赤い大地が見ている。 俺 「じいさん、あの赤いものはなんだい?」 じいさん「あれかい、あれはツバだよ。」 俺 「ツバ?」 インド人は、いつもガムのような物を口にして、クチャクチャと口を動かしている。 噛んでいる口の中を見ると、口の中が真っ赤になっているではないか。 そして、しきりにツバをはく。 ツバで大地が真っ赤になっているのだ。 それにしても、汚いものだ。 何とかならないのか! 俺も浮浪者のように汚い格好をしているが、こいつらを見ると俺なんか綺麗なもんだ。 なんとも言いようのない汚さだ。 何かの話で聞いた事があるが、インド政府は浮浪者や乞食が全国に広がっている為に、この乞食や浮浪者たちを、南の一地域に集めようとしているらしいのだ。 それ以来、乞食や浮浪者たちが、北では少なくなったと言うのだが、これで少なくなったとは、ゾッ!とする思いがする。 |